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東京地方裁判所 昭和41年(行ウ)145号 判決

原告 伊藤由四郎

被告 豊島税務署長

訴訟代理人 青木康 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

(原告)

被告が原告に対し昭和四一年二月一五日付でした原告の昭和三九年分所得税の更正処分のうち所得金額一、〇〇六万六、三五九円をこえる部分および過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文と同旨の判決

第二、原告の主張

(請求の原因)

一、原告は、被告に対し昭和四〇年三月一五日原告の昭和三九年分の所得として、不動産所得七四万五、〇〇〇円、給与所得四三万円、譲渡所得三二万五、〇〇〇円、合計所得額一五〇万円と確定申告し、さらに、昭和四一年一月二二日不動産所得金額を六六万二、九五九円、譲渡所得金額を一五五万五、六〇〇円、合計所得金額を二六四万八、五五九円と修正申告したところ、被告は、原告には他に一、四八三万五、六〇〇円の譲渡所得があるとして、昭和四一年二月一五日付で譲渡所得金額を一、六三九万一、二〇〇円、合計所得金額を一、七四八万四、一五九円と更正するとともに、過少申告加算税三七万五、八五〇円の賦課決定をした。

二、しかし、被告の右処分は、以下述べる理由によつて違法である。

(一) 被告の認定に係る前記譲渡所得一、四八三万五、六〇〇円は、原告が昭和三九年一二月一六日別紙目録〈省略〉記載の土地を東京都豊島区に代金三、〇一五万円で売却したことによるものである。ところが、該土地は、もともと、豊島区が区立朝日小学校の校舎、体育館等の教育施設の拡充にあてるため是非とも必要な土地であつたのであるから、若し原告においてこれが買収申出でを拒否したとしても、土地収用法の規定に基つき収用されることは必至であつた。したがつて、右土地の譲渡所得は、租税特別措置法三三条の規定の適用を受け、七四一万七、八〇〇円にすぎないものというべきである。このことは、買収後において、右土地が当初予定されていたごとく小学校用地として使用されなかつたとしても、かかる買受人側の一方的事情によつて左右されるわけではなく左右されるものとすれば、明らかに租税負担公平の原則に反し、国税通則法一条の趣旨に違反するものというべきである。

(二) 仮りに別紙目録記載の土地が学校用地としてではなく、児童遊園用地として譲渡されたものであるとしても、現在都市において激増する交通事故から子供を守るために子供の遊び場(遊園地)の増設、確保が国および地方公共団体の緊急の責務であることにかんがみ、租税特別措置法三三条の適用上、児童遊園用地の取得と小学校用地の取得とを区別して取り扱うべき根拠はない。したがつて、右土地の譲渡が児童遊園用地確保のためになされたというだけの理由で同法条の適用を否定することは、憲法二五条二項の規定に違反して無効である。

(三) さらに、原告は、所得税の申告にあたり、租税特別措置法三一条一項二号の、規定の適用を受けるため、同条五項の規定に従い、別紙目録(一)および(二)記載の土地については、豊島区長の発行に係る同法施行規則一四条六項所定の証明書を申告書に添付して被告に提出したのであるが、法がかように申告書に収用者たる公共機関の証明書類の添付を要求しているのは、これによつて、収用等の場合の譲渡所得等の課税の特別に関する法規の適用に関する税務署長の実質的審査権を排除してその運用を形式的かつ画一的ならしめんとする法意に出たものであるから、少なくとも、右(一)および(二)の土地に関する限り、租税特別措置法三三条の適用を否定してなされた被告の前記処分は、憲法三〇条に違反するものである。

それ故、本件更正処分は、原告の修正申告に係る所得金額二六四万八、五五九円に前記申告もれの譲渡所得七四一万七、八〇〇円を加算した一〇六万六、三五九円をこえる限度において違法であること明らかである。

第三、被告の主張

(請求の原因に対する答弁)

原告主張の請求原因事実中、別紙目録記載の土地の売買が小学校の教育施設用地を確保する目的で行なわれた点は否認、その余の事実はすべて認める。

(主張)

前記売買は通常の売買であつて、租税特別措置法の定める課税の特例を受けうる余地は全くない。

したがつて、右不動産の譲渡所得は、その売買代金三〇一五万円から取得価額四七万八、八〇〇円を控除した(一五万円の特別控除額は、修正申告のさいに控除済みである。)残額の二分の一たる一、四八三万五、六〇〇円であるといわなければならない。

第四、証拠関係〈省略〉

理由

原告主張の請求の原因一の事実および原告が昭和三九年一二月一六日別紙目録記載の土地を東京都豊島区に代金三、〇一五万円で売却した事実は、当事者間に争いがない。

そこで、右土地が原告主張のごとく豊島区立朝日小学校の校舎、体育館の建設等教育施設のために使用する目的のもとに譲渡されたものであるかどうかについて判断する。〈証拠省略〉には原告の右主張にそうような記載はある。しかし、これらの記載は後掲各証拠に照らし、にわかにもつて原告の右主張を肯認せしめる資料とはなしがたく、他に原告の右主張を認めるに足る証拠がなく、かえつて、〈証拠省略〉によれば、豊島区は、かねてから児童遊園地を設置する必要にせまられていたところ、区議会議員等のあつせんもあつて、かつては朝日小学校の敷地であつたが交換によつて原告の所有となつていた別紙目録記載の土地をその用地として買い入れる旨の契約が原告との間に成立し、遊園地の所管課たる総務部財務課において手続一切を担当し、その買受代金も区が単独で全額負担することとし、売買契約書〈証拠省略〉にも「児童遊園地用地として」売買するとの条項を明記し、原告自身も、「西巣鴨児童遊園地として」売り渡した旨の登記承諾書を差し入れ、代金の授受、所有権移転登記手続を完了したこと、ところが、その後、調査の結果、児童遊園用地としての譲渡では租税特別措置法所定の課税の恩典を受けえないことが判明するにいたつたので、原告は、同区の事務担当者に対し、右土地を学校用地として売り渡したことにして課税上の恩典が受けられるよう便宜をはかつてもらいたい旨懇請し、区職員としても、原告には以前から小学校用地の交換、売買等で協力してもらつているし、現に右土地は生徒が休み時間等に運動場代わりに使用しており、また、将来これを利用して体育館を建設する話しもあつたことから、安易な気持ちで、原告の右要請に応ずることとし、原告の所持する前記売買契約書の控え〈証拠省略〉に「児童遊園」の文字の下部にほしいままに「朝日小学校」なる文字を加筆して、あたかも右土地が児童遊園用地兼朝日小学校用地として売買されたかのごとき文書を作成し、さらに、同土地が朝日小学校用地として売買されたものであることを証明する旨の租税特別措置法施行規則一四条六項所定の同区長名義の証明書二通〈証拠省略〉を作成して原告に交付したことが認められる。

したがつて、別紙目録記載の土地が教育施設のために使用する目的のもとに譲渡されたことを前提として、本件更正処分に租税特別措置法三三条の規定を適用しなかつた違法がある旨の原告の主張は、前提そのものにおいてすでに失当たるを免がれないものというべきである。

次に、原告の仮定的主張について判断する。

租税特別措置法は、租税負担の特例を定めたものであるから、同法各本条の規定する負担軽減のための要件は、みだりに拡張解釈することを許さず、したがつて、児童遊園地のごとき場合は、同法三三条一項の引用する三一条一項所定の要件に該当しないものというべきである。そして、このように解釈することが憲法二五条二項の規定に違反しないことは多言を要しないところである。

なお、原書その余の主張は、独自の見解に基づくものであつて、採用の限りでない。

以上の次第で、原告の本訴請求は、理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中平健吉 渡辺昭 斎藤清實)

別紙目録〈省略〉

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